コラム-Vol.7 味とにおいの話

「味とにおい」=「口と鼻」=「味覚と臭覚」 前回は顔の一部である「目と耳」の話をしましたが、今回も韻の一部「口と鼻」で感じる「味とにおい」の話をしたいと思います。

ただいま鍋シーズン真っ盛り。そして熱爛真っ盛り。どこの飲み屋、料理屋へ行っても鍋料理が置いてあります。水炊き、あんこう鍋、ふぐちり、寄せ鍋、キムチ鍋、モツ鍋、スッポン鍋、蛤鍋、豆乳鍋、ハリハリ鍋、柳川鍋、鳥鍋、鱈ちり鍋、カモ鍋など。ちなみに拙者の場合、いろいろな種類の具を入れないシンプルな鍋、きのこと野菜だけ、豚肉と白菜だけ、豆腐と揚げとネギだけ、いわゆる「貧乏鍋」が好きです。

それなりに旨いですが鍋料理に入るかどうか拙者には疑問なのが「すきやき」「しゃぶしゃぶ」「ゆどうふ」。これには意見、いや異議がある人も多いと思われますが…ご容赦下さい。

鍋料理に限らず、食べ物の「旨い」「まずい」は舌で感じると思っている方が多いと思います。実際何人かの知人に聞いてみましたが、やはり「舌でしょう」と言っていました。がしかし、拙者は、味は9割方鼻で感じるものと思っています。熱い、冷たい以外に舌で感じるのは、辛い、苦い、酸っぱい、硬い、柔らかいだけ。いわゆる旨いまずいの判断は「におい」なのです。

みなさまも風邪をひいて味がわからなくなった経験があると思いますが、そんな時は何を食べても旨くないはずです。全く味がないのです。子供が嫌いなものを食べるとき、味=においを消すために鼻を摘みます。

旨いまずいがわからない人を「味音痴」といいますが「鼻音痴」や「臭音痴」といった方がよいのではないでしようか。

「濃い味」か「薄い味」かの好みは人によって異なります。また、その日の体調や行動によっても違います。肉体労働は濃い味、頭脳労働は薄味、寒暖の差が激しく気候の厳しい地域は混い味、比較的気候が安定していて穏やかな地域は薄味。一般的に京都は薄味と言われていますが、それは見た目の色であって、味的には「京都は濃い味」と拙者は考えます。
「うまい」には視覚的効果もあると思います。暗闇では何を食べても旨く感じないでしょう。盛付も立体的にしたほうが食欲をそそります。

とは言うものの、一人で食べる、誰かと食べる、大切な人と食べる、3日間絶食後食べる、昧が濃い薄いはどうであれ、だれが何と言おうと、どこで食べようと、食べる人が「ウマイ!」と思って食べるのがイチバンです。ね。