コラム-Vol.29 由紀ちゃん
由紀ちゃんは50年以上前に島に渡ってきた大五郎と花子の孫。三郎という兄貴と五郎という弟がいる、平成元年生まれの19歳。性別はもちろん女性。水風呂が大好き。人間の歳だとおおよそ60歳らしいが、未だにとてもキュートな顔立ち。住民票は由布島で、西表島と由布島を一日7時間、何度も往復する。大柄な仲間は20人乗せるが、比較的小柄な由紀ちゃんも16人を乗せ、暑い日差しの中で無言で車を引っ張る。時速1.5キロ、決して急がない、なんともスローな足取りだ。何を考えながら歩いているのだろう、へんなことを思いながら私は乗っていた。あまりにも重たそうなので降りて後ろから押してやろうかとも考えた。突然、おじい(船頭さん)が三線引いて歌い始めた。すると客も一斉に歌いだした。周りのみんなはその歌を知っていた。…私だけが取り残された。
渡り出してから15分、周囲2.15キロで4万坪、海抜1.5メートル、住民は15人と大五郎一家とその仲間、パラダイスガーデン由布島にやっと着いた。道のりは400メートルの引き潮の海。しかしそれはまっすぐ歩いてのこと。由紀ちゃんはカーブを描きながら前進するので距離は2割増だったろう。そして途中で必ず一度立ち止まる。体の自然現象のために…。由布島は全体が砂でできている亜熱帯植物園。私は島をのんびり1時間歩いてみた。途中東海岸沿いのカフェで立ち止まるとオリジナルアイスクリームの文字が目に入った。いちばん自信があるのは?と店主に尋ね、「泡盛アイスクリーム」を勧められたが、予想外に美味だった。それから小学校跡と大きなガジュマルの木を横目に見ながらリュウキュウイノシシ、オオゴマダラチョウ、クジャク、ヤギ、七面鳥、ポニー、コンゴーインコ、由紀ちゃんの仲間に次々と挨拶をして回った。台風の後いなくなってしまったリスザルに会えなかったのが悲しかった。乗り場に戻ると、来るときはせいぜい15センチだった水かさが、1メートルほどに増していた。
帰り道は由紀ちゃんの後輩に引かれていた。対岸から仲間達と一緒に由紀ちゃんがやってきた。潮が満ち始めたルートを誰と競うこともなく、先程より更にゆっくりと渡っている。彼女が渡り切るまで私の目は彼女から離れなかった。
由紀ちゃんの健気な仕事ぶりは、沖縄で見たものの中で一番の感動、そして南の島のスローライフを大いに感じさせる貴重な経験だった。
また行くことがあれば、是非、由布島の由紀ちゃんを指名してみよう。