コラム-Vol.30 群馬のばあちゃん

国道20号「平川」の信号の先、右側にあるガソリンスタンドをうっかり通り過ぎてしまった。戻ろうか、次にしようか一瞬迷ったが、戻ることが嫌いな私は結局次のスタンドに入ることにした…
「満タンおねがいします!」「日光からの帰りですか?」「いや、片品からの帰りで、この先のドライブインで味噌を買って、それから家まで帰るんですよ」そのとき何故私はガソリンスタンドのお兄ちゃんに、味噌を買うことを伝えたのだろう。特に意図はなかったが、心の奥で味噌情報が欲しかったのかもしれない。

「味噌なら尾瀬市場の右から三軒目に、元気のいいおばちゃんがやっているお店がいいですよ。他にも手作りのものがいろいろあって、どれもうまいですよ!」スタンドを出ると早速私はその市場に向かった。市場には物産店が4軒と食堂があった。その店はどこ? とキョロキョロしていたら、ひとりのおばちゃんが目に入った。「味噌ありますか?」と尋ねてみたが、「あっ、はい」と気のない返事。その左側の店にもうひとりのおばちゃん発見!「味噌ありますか?」と言うと、「あるよ! あるよ! ばあちゃんが作ったうまい味噌あるよ!」…「ここだ!」と確信した。顔はしわだらけ、そして赤みを帯びた頬っぺたを見ると、「農産物」+「手作り」=うまい、の方程式が見えた。この人が作っているのなら間違いない。

店内には、家族連れと思しき人たちが8人ほど食事をしていた。客のお父さんが「休日にここにきて昼ごはんを食べるのが楽しみで、となり町からそのためだけに来るんだよ」と私を見ながら自慢げに話した。「ここの店は午前中、それも早めに来ないとダメだよ、品物がなくなっちゃうからさ」とアドバイスももらった。

このおばあちゃん、私が買おうとすると必ず「味見してみて」と言う。「作ったものに自信はあるけど、味には好みがあるからさ」だそうだ。納得して買ってもらいたいのであろう。産地を偽ったり、誇大表示して売ったり、ましてや楽して売ることなど全く考えていない。職人の模範、商人の鑑だ。

唐辛子味噌を口にしてみた。予想通りの美味さだったが、やがて辛さが効いてきて「ひぃ~」と言うと、おばあちゃんは「そんなに一度に食べたら辛いよ、これ一緒に食べて、ハハハッ」と、でっかいおにぎりを差し出してくれた。先程のお父さんは「キュウリも合うよ、食べるかい?」。なんともほのぼのした雰囲気、これも一種のスローライフ?

味噌、唐辛子味噌、玉ねぎの漬物を手に、代金を払おうとすると「全部で2千円でいいよ、ハハハッ」と言う。確か2,500円のはず? すべて手作り、労力はおばあちゃん自身、だから代金も気持ちで決めているようだ。「悪いね」と立ち去ろうとしたら、「これ一個持っていってよ」と特大のキャベツ。「バイクだから積めないんだ」「そうか、ならこれ持っていきなよ」と500円とマジックで大きく書いてある袋に入ったラッキョウをくれた。「ありがとう、すまないね」、「いいよいいよ、ハハハッ」とおばあちゃん満面の笑み。

最初のスタンドに入り損ねたことからこの展開。出会いとは不思議なもので、何が幸いするか最後の最後までわからない。もし最初のスタンドに寄っていたら、あのおばあちゃんに出会うことはなかったのだろう。そしてあの味噌も一生口にすることはなかったかもしれない。また別な季節におばあちゃんに会いに行ってみよう。