コラム-Vol.35 種子島の底力

鹿児島港からジェットフォイルで1時間40分。桜島やピラミッドのように尖る開聞岳を過ぎ、船は種子島に到着した。港は思いのほかひっそりとしている。昼過ぎに着いたため、まずは食事を済ませ鉄砲伝来と種子島歴史資料館へ向かう。館内に入ると我々3人と受付の女性以外、他に誰もいなかった。昔の種子島の人々の生活、鉄砲を伝えたポルトガル人と地元の鍛冶屋の娘との恋愛物語、日本の鉄砲作りの歴史、種子島という名前の謂れ、興味深い話が沢山あった。

今回の目的は明日のロケット打ち上げ。種子島宇宙センター内の無料バスツアーへ乗るため、逸る気持ちを抑えながら南種子を目指しクルマを飛ばした。ツアー参加者は我々の他に10名程、中には家族連れもいた。走行中、女性ガイドがロケットと宇宙センターが種子島に出来た訳などを丁寧に説明してくれた。2,600メートル離れた丘の上から打ち上げ地点が見える。そこが宇宙への玄関だと考えると、偉大に思えたが、また恐怖感もあった。数個に解体されたロケットの倉庫を見学して打ち上げ地点の近くへ。ここまで来ると不思議に宇宙がとても近くに感じられた。

センターからの帰り道、翌日の打ち上げ成功を祈るため宝満神社へ立ち寄る。宿までの途中に地元の温泉銭湯で汗を流し、素泊まりの宿に着くや否や、早速着替えてタクシーで一番近い街へ食事に出かけた。皆急いだ訳は、暖まった体のままギンギンに冷えたビールを飲みかったから。今や明日のロケット打ち上げを口にするものなく、おいしい魚を前に会話も少なくなった。

3人ともほろ酔い気分で店を出、しばらく街を歩く。サーファーのデンマーク人が経営するバーがあり、H2AとH2Bという珍しい名前のカクテルを目にした。最初にAを、続いてBに挑戦すると急に酔いが回ってきた。Bはなんとあぶさんだったのだ。ご存知、これらふたつは種子島宇宙センターで打ち上げられるロケットの名前。ひとり3杯ずつ飲み、長い時間をかけて、星を見ながら緩やかな下り坂を宿まで歩いて帰った。

今日は打ち上げの当日。起きるや否やカーテンを開けてみると、薄陽が差していた。晴れてよかった~。早速一番近くで見られる山へ直行すると、既にたくさんの車が止まっている。さらに20分ほど歩き小高い丘の上に我々は陣取った。「ここはサイコーのポイントだね、きっと」そう言い聞かせ、10時21分の打ち上げをただただ待った。初体験はなんでも興奮するが、出来るだけ近くに寄り、見えるもの以上に音を体感したかった。右手にデジカメ、左手に携帯、でも一番焼き付けたかったのはこの目とこの耳。

自分が主役であろう筈もないのに、時とともに緊張感が増してくる。そしてFire!!…煙とともにオレンジ色の発射炎、2~3秒の差でドドド~ン!という地響き、そのまたすぐ後に経験したことのないバリバリバリ~ッ!という雷の化け物のような振動音。鳥肌が立ち、髪の毛が逆立つ。そして悩みも吹っ飛ぶ。

秒速7.8キロ、種子島のロケットはまたひとつ私の忘れられない思い出を作ってくれた。