コラム-Vol37 YONAGUNI、東崎と西崎

那覇からの直行便は火、水、金、日曜の一日一便、50人乗りプロペラ機。石垣島経由なら毎日便があることを知らなかった私は、火曜14:15分発の直行便に乗った。見事なまでの快晴の中、宮古島、石垣島、西表島を見下ろしながら1時間20分後に、南国の小さな与那国空港に着いた。そして西へクルマで10分程の久部良地区へ。

島を訪れた目的は海底遺跡。自然説と人工説、専門家の意見が二分されているものを自分の目で確かめたかった。人工説によると、造られた時期は推定1万年前で3,000年前に造られたエジプトのピラミッドよりはるかに古いこととなる。また、遺跡は海の中に造られたのではなく、陸上にあったものが海面の上昇によって沈下したという。「ムー大陸」の存在を肯定。二枚岩、テラス、柱の穴、神殿、カメのレリーフ、巨人の階段と呼ばれているものがあるが、私が最も人工的だと感じたのは「水路」。一枚の岩が数メートルの長さにわたり幅20センチ深さ20センチに狂い無く削られているのだ。海流にせよ、風化にせよ、これは自然の産物ではない。遺跡に詳しいインストラクターに説明を受けながら船を下りた。

ダイビングは午前中で終わらせ午後からはスクーターで島を巡ることにした。私は何処の島を訪れても必ず島を一周する。その島を征服した気分になるからだ。スタートする時、レンタルショップの人の「ドクターコトーの診療所をゆっくり見るなら左回りがいいですよ」とのアドバイスで「西崎(いりざき)岬」へ。

島全体が牛や馬の牧場でもあるため、道の半分は牧場の中を走る。西崎から5分も走ると、やはり牧場の洗礼。数十頭の馬が道を塞いでいた。いや、塞いでいるのではなくただ散歩しているのだ。よそ者の私は、遠慮しながらゆっくりとゆっくりと近づいた。馬たちが私に驚く様子は全く無く、多くの馬に私の方が怯えている。2メートルくらいまで近づくと、約束をしていたかのように馬たちはゆっくりと左右に分かれてくれた。左に緑の牧場、右に青い海を眺めながら、いつ飛び出してくるか分からない動物を想像しながら、またしばらくスクーターを走らせた。

ドクターコトーの診療所を目指していると細い道に迷い込んでしまった。通りがかりの女性に道を尋ねると、やはり沖縄、やさしく丁寧に教えてくれた。同様に診療所の管理人も歓迎してくれた。内部は隅々まで神経が行き届いた完璧なセットと小物、カルテは内容まできちんと記入されている。かなり接近して見てみたが、外観も小物もまさにその時代そのもの。映像に映らないところにも拘り、妥協を許さないドラマ制作のプロフェッショナル精神に驚かされた。そして、自然とは対照的な人工の診療所セットが自然に囲まれたこの島に完全に溶け込んでいた。

診療所を後にして槍のように海面に突き出た立神岩、牛が主人公の東崎(あがりざき)、誰もいない素朴なナンタ浜、島で一番賑やかな祖納の街を通り抜け、空港を右手に久部良の宿を目指したころは、日本最西端の夕日が沈みかけていた。