コラム-Vol43 一杯のカレーうどん

 少し早めに昼食をとろうと豊島区内の老舗そば屋に入ると中では初老の男性がひとりビールを飲んでいる。すでに瓶が空になりもう1本頼もうかどうか迷っているように見えた。やがて「おやじ、もう1本」と小声で言ったがやや耳が遠いと思われるご主人には声が届かない。私が「ご主人、もう1本ビールだってさ」と伝えようかと思ったが、おせっかいはやめた。私は野菜そばを注文した。そば屋のカツ丼や親子丼もうまいが、そば屋のラーメンなど中華も意外に口に合う(うまい)。注文してから野菜そばが出来るまでの間、その人がとなりのテーブルだったこともあり気になってしかたがない。しばらく様子をみていると、先程よりすこし大きな声で「おやじ、カレーうどん」とビールをあきらめたようだ。こんどはご主人にも聞こえ、間もなくカレーうどんが運ばれてきた。豪快で美味そうだ、次にこの店に来た時はカレーうどんにしようと考えた。「すごい大盛りだなぁ、カレーがこぼれそうだよ」男性はつぶやきながらカレーうどんを食べ始めた。私の目にはすごくうまそうに見えるそのカレーうどんだが、男性はけっしてうまそうには食べていない。いやそれどころか二口食べてやめてしまった。そして「おやじ、帰るよ、勘定してくれ」。私は残されたカレーうどんが気になった。もちろん「もったいない」とも思った。

女将さんが器をさげに来た時、「あの人、ほとんど食べないのに、なんでカレーうどんを注文したんだろうね。」私は余計なことを聞いてみた。「あの人いつもそうなのよ、すこし変わっているのよ」と女将さん。「あんなに残されるといくらお金もらったとしても作り甲斐がないよねぇ」と言うと「そうねぇ…」と女将さんはため息をもらした。ふと私は「一杯のかけそば」の話を思い出していた。

店を後にして駐車場まで歩いていた時、あの男が残したカレーうどんがまだ気になっていた。確かに私でも、食べたいものを注文したにもかかわらず途中でお腹一杯になって残してしまうこともある。しかし普通半分くらいは食べる筈。しかしあの男性はわずか二箸だけ、二口しか食べていない。何故?と思った時、男性の意図がわかるような気がした。昼時にビール1本で長居するわけにもいかず、お店にも貢献しないと申し訳ない。そう考えあまり食べたくなかったカレーうどんを注文したのだろうと推理できた。それならチップを置いていけば?という考え方もあるが、それがあの男性の気持ち。恥ずかしいのか、そういうシャラクサイことはできないのだろう。

そういえばその男性が11時30分頃に入ったとして12時5分前には帰っていった。12時から会社員や近所の人が来て混雑することを気遣っているのだろう。結果や見えるものだけで判断してはいけない、人の思いはもっと深いとことにあるのでは……。

私が店を出たのは12時10分。店はすでに客で満席になっていた。