コラム-Vol.34 利賀村の夏

毎年8月「野外ステージで行われる芝居の中で、台詞や音楽に合わせて花火を打揚げる」富山県利賀芸術祭。この種のエンターテインメントは、日本中でおそらくここでしか見られないであろう。円形観客席の前に舞台、舞台の後ろに池、池の中に離れ小島、その後ろに雑木林と山々…。ファンタジーの舞台は完璧に揃っている。池では噴水花火、滝花火、ロケット花火に水上花火、雑木林の中で爆竹と煙幕、乱玉に火柱を揚げるトラの尾、その後ろから大きな打揚げ花火。池の中心にあるのは石を積み上げた灯篭のようなオブジェ。そして暗闇の中の風と雨、遠くで鳴り響く雷の音、自然の現象が舞台を盛り上げる。

車で砺波インターから45分、八尾の町から35分、五箇山インターから45分、富山県の秘境「利賀村」。どこから向かっても、くねくねと曲がりくねった崖道が続き、まるで孫悟空が出てきそうな山々が連なる。

村の中心地を過ぎ長いトンネルを抜けると大自然の中に芸術村がある。小川が流れ、山々に囲まれ、まるで桃源郷のようだ。劇団本部や芝居小屋も含め、建物は野外劇場以外すべて合掌造り。そのため花火の時は、消防車で茅葺の屋根に水をこれでもかとかけまくる。しかしそれでも、大きく開いて地面に向かって垂れ下がってくる金色花火の錦冠菊を打ち揚げる時は気を使う。以前、茅葺屋根に火の粉が降ってきたことがあったからだ。

村でお世話になるのは民宿「七」(シチ)。ここのご主人がまたいい味を醸し出している。年に一度の宿泊なのに、いつも丁寧にかつ気さくに対応してくれる。こんな山奥なのに夕食には必ず海魚が一品加わる。魚好きの私にはなんともありがたいもてなしだ。味噌汁は、この地方の特徴だと思われるがやや甘め(薄い)、しかし何時でも必ず温めて出してくれる。我々が夜中まで飲んでいてもいやそうな顔など一切見せずにいつも笑顔。そして朝早く起きて朝食の支度。

毎年、ここの芸術祭で会うひとりの花火師がいる。滝花火(一般的にはナイヤガラとして知られている花火)と噴水花火の設営と演出にかけてはおそらくこの男の右に出るものはいないであろう。頭に熊の引っかき傷のあるこの男はとなり町の八尾に住み、1キロ先の熊を仕留める名人。還暦を過ぎているとは思えない肉体、鹿やイノシシ狩、鮎や岩魚釣り、そば作り名人でもあるが、本業は意外にもグラフィックデザイナーだという。酒好きで話し好きのこの男に毎年深夜遅くまで話を聞かされる。祭の後だけに眠い…。しかし私の日常生活とは程遠く興味深い話なのでついつい聞いてしまう。そして私よりずっと遅くまで飲んでいても、私が朝起きた時には、すでに出かけている、まるで動物のような行動をする男だ。

芸術祭は一年に一回のため、この男とは今までに十回程度しか会っていないが、なぜかもっと昔から知っているような親しみを覚える。お互いこの祭に同じ価値を見出し、演出の感動を共有しているからだろうか。今年の夏も利賀村は暑く熱く、上空の星は眩しいほどに輝いていた。