コラム-Vol44 出会い

東急線「旗の台」駅の裏路地にある魚料理の店を小林さんと出たのは夜の11時頃だった。5月も終わろうとするのに冷たい雨が二人の傘を濡らしていた。ミャーミャーという子猫の鳴き声が聞こえる。立ち止まって周りを見渡したが何も見えない。気のせいかと思い歩き出すと、またミャーミャーの泣き声。目線を上げてみると工事中の足場に若い女性が猫を抱いて立っていた。「子猫がいるんですよ」「誰かが捨てていったみたいです」不安そうな彼女の元へ駆け上がると、目も開いていない子猫が彼女の腕の中で悲鳴をあげていた。「どうするつもりなの?」無責任に聞いてみた。すると若い男性が現れた。彼氏らしい。「俺たちで飼いたいんですけど、アパートがペットダメなんですよ」悲しそうにいった。やさしい若者だ。「小林さん家、ネコ居ましたよね。もう一匹どうですか?」私はまた無責任なことをいった。

私たち4人はしばらくの間、小さな命の今後について適切な方法を話しあった。結果「とりあえず今夜一晩だけ預かるよ」小林さんが重い口を開いた。「そのかわり今晩だけ、明日引き取りに来てくれるね」若いカップルに向かって真剣な顔をしていった。「わかりました。よろしくお願いします」彼らは申し訳なさそうに頭を下げた。次の日、約束どおり若いカップルは小林さん宅へやってきて病院には連れて行ったが、引き取ってはいかなかった。それから毎日小林さん宅に連絡をしてきたが引き取りに来ることはなかった。子猫がミルクを飲むことを覚え、目が開いた頃には、若いカップルは来なくなってしまった。すこし無責任な話だと思うが、小林さんの愛情に託そうと考えたのだろう。自分たちが今焦って飼い主を探すより子猫にとってはより幸せになるのではと…。

小林さん宅は一軒家だがすでに2匹のネコがいるためこれ以上飼うことはできないという。それでも彼の指を乳首代わりに吸う子猫に家族中が愛をそそいだ。トイレのしつけが終わろうとする頃、里親探しが始まった。

彼は日々元気になる子猫の写真をほぼ毎日のように私の携帯に送ってきた。どうやら私に里親になることを勧めているようだ。私にも飼いたいという思いはないわけではなかった。小林さんが私に里親を勧めるのには理由がある。実は私もネコを飼っているからだ。しかしネコ同士は相性がとても大事ということを以前何かの本で読んだことがあり、2匹飼うことを躊躇っていた。と同時に、旗の台で小林さんと一緒に子猫と出会ってしまった私は、小林さんに子猫を預かってもらっていることに対して申し訳ない気持ちもあった。

そして梅雨も明けた頃、小林さんの努力が実を結び、子猫は彼の仕事の取引先の女性に無事引き取られた。

彼が育てているときは「旗ちゃん」と呼んでいたが、引き取り先の人にその名前を伝えることはしなかった。後日、彼が名前をたずねると「ハナちゃん」と名づけられ、フカフカのジュータンの上で寝ている姿が写メで送られてきた。

雨の中、工事現場で拾った命がつながれて、今幸福に暮らしている。私には何もする事ができなかったが、小林さんのおかげでしあわせのお裾分けをいただいた。ありがとう…。