コラム-Vol45 正義という男

いつも笑顔で迎えてくれるねじり鉢巻の大将。台風が来ても嵐になっても定時までは決して閉店しない。

暖簾をくぐると10席ほどのカウンター席と小上がりひとつ。正面には神輿を担いでいる大将の大きな写真。ガラスケースの中は新鮮な魚の宝箱。お品書きは毎日女将さんの手書きで、その数二十数種類。広いとは言えない厨房で何故あんなにたくさんの料理が作れるのだろう。まるで手品のようだ。

お通しを出すのは座ってから20秒以内。ジョッキの上部が泡20%の完璧な生ビールはその20秒後に出てくる。最初の一杯目を出すときに「お待ちどうさま」ではなく「お疲れさま」という女将さんの笑顔に一日の疲れも飛ぶ! 二人はいつも一緒、毎日9時間立ちっぱなし。

魚屋で働いていただけあって魚のうまさは太鼓判。盛り合わせを注文すると、彩りよくマグロの赤身、白身のヒラメ、自慢のシメ鯖やコハダをツマと海草の上に丁寧に盛り付けてくれる。そして「綺麗どころ一丁!」といってカウンターに載せる。

他にお勧め料理はたまご焼き。納豆入り、ネギ入り、ニラ入り、シラス入り、プレーン、なんでも作る。焼きおにぎりにしても、おそらく全国で一番の味であろう。毎日のように来てくれる人のために数品は必ず新メニュー。

大将の夕食は混み具合と客の注文状況をみて決める。時には立って食べる。そして早く食べる。大きな口をあけてご飯を豪快に食べる。私はあんなにうまそうにご飯を食べる人をかつて見たことがない。

酔っ払い過ぎの客は追い返してしまう。飲み過ぎの客には酒を出さない。それが客層のいい店を作っている。よってこの店に酒癖の悪い人はいない。客も店を大事にしているし、店も客を大事にする。店を選ぶのは客、客を選ぶのは店。客層も幅広く、若い女性やカップル、開店以来通い続けている年配の男性。店から1時間以上も離れたところに引っ越した夫婦も毎週通い続けているという。

30年以上のプロに対してはいささか失礼な言い方だが、料理の腕前は超一流。時々メニューに無いものを頼んでも「あいよっ!」と気持ちの良い返事。「店にある材料で作れるものは何でも作っちゃうよ!」ほんとうにありがたい。麻婆豆腐もご飯もあるのに麻婆丼を作ってくれないどこかの中華屋、大盛りはできませんなどと意味のわからないことを言う蕎麦屋とは大きく違う。

このような店は、グルメ雑誌やTVなどでは到底見つけられるはずもない。長年かけて自らの足と舌で探し当てた、まさしく「私の名店」なのである。